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CSR(企業の社会的責任)の継続への戦い

11月18日の災害(一社)復旧職人派遣協会 福岡支部結成式の様子。大曲昭恵福岡県副知事(中央)と福岡県支部メンバー

今年も残すところ1ヶ月となりました。
弊社はこの1年、年明けから「災害復旧職人派遣協会」の動きがフル活動した年でした。2月に福岡県防災局を訪問してから5月に協定・防災講習・講義、そして10月の東京都との協定。宮城県防災局・静岡県防災局・山口県防災局訪問、愛媛県議会議員・岡山県議会議員との打ち合わせ等々を行った年でした。

これまでの流れを知らない一部の方々からは「社業を投げて何してるの!?」「自己満足」とも言われたこともありました。しかし、いつ起こるともわからない「災害」に向けての全国組織の下地が形成されたことには大きな意義があった1年間でありました。
事を起こすには必ず賛否両論があります。当然、事を起こすより起こさない方が、他からとやかく言われるようなことはありません。
弊社は創業34年間で絶えず新しいものに挑戦し、一度決めたことはどんなに苦しくても継続し立ち向かってきました。
「災害復旧活動は10回・26年」「和太鼓チームによる地域活動・25年」「海外文化交流・25年」「ネパールへの訪問・18年」「ネパールの子供たちの招へい・15年」「世界一の大太鼓の制作」「大月人物伝、他全7巻出版」等など。今までも、事業経営をしながらの続けることの難しさに直面したこと、難問・難題は数えきれないほどあったものでした。
その中にあっても、僭越ではありますが数々の各賞や感謝状をいただいたことは、こうした功績もほぼ認められたものと自負しております。

今までの活動を通して最近特に感じるのは、世の中で若干の余裕のある人であれば、ボランティア活動も、地域活動も、文化交流活動も、やる気さえあれば「誰でもできる!」ということです。
お勤めの方々の場合は土日・祭日・休暇を利用しながらという時間的な制約がありますが、それなりの会社の社長さん方であれば何でも出来るということであります。

事業は「金儲け」から、「人」を生かす「CSR(企業の社会的責任)」「社会貢献」と変わりつつある中で、我々の今まで行ってきた活動は、『和太鼓』にしても“海外文化交流”にしても、お金と時間さえあれば誰でも出来る事が分かりました。
会社の代表者は、事を起こすには体の移入が一番難しいと思います。しかし、忙しければ体を移入しなくても、お金を与え部下を育てれば良いだけで、誰でも出来ることなのです。
何よりも代表も社員もスキルアップに繋がります。笑い話になりますが、弊社には「お金も時間も両方無いのにやってきた」という変な強みがありました(笑)。

今までの活動で、ただ一つだけ『にわか仕込み』では、出来ないものがありました。それは「災害復旧職人派遣協会」の組織作りでした。
作り始めて分かりましたが、長く積み重ねられた活動と信頼や、長年の継続の戦いがなければ出来ない事業だったと思います。
何よりも、災害復旧活動に参加した職人や、手伝ってくれたボランティア活動の皆様の「人のため」との想いの成長を垣間見ることができたことは宝です。
「主体者たれ!」との言葉の如く、傍観者ではなく主体者として関わったことの意義は大きいものでした。
全国の“お金持ちの社長さんや名士の方々”には、是非とも立ち向かっていただければ世の中に変化が現われてくるはずだと感じる昨今です。

 

そういった意味で、今回の(一社)災害復旧職人派遣協会 福岡県支部設立総会に集った“猛者40名”の社長さんや幹部社員の皆様からの「俺でも出来るのであれば、是非!」との言葉に励まされました。ボランティア活動に対しての使命感とも言える思いが伝わってきました。参加された福岡県副知事も「これだけの方々が!」と大変驚かれていました。
弊社としては、この活動の継続と後継者づくりという取り組みが始まり、更に高みを目指す戦いと活動の“歴史づくり”という時期に入りました。
ただ、忘れてはならないのは、ここまで立ち向かうことができたのは、長年支えていただいた社員・関係者・家族のお陰であることは言うに及びません。
当然小生の人生にも限りがあります。「人生いかに生きるべきか!」と、思い悩んだ若き日から68星霜。「あと人生52年しかない!」と言い切って、強気で立ち向かってはいます…(笑)。しかし、いつ倒れてもいいようにしておかなければなりません。

ライナス・ポーリングは、「人生どこまで出来るか挑戦であり、何を残すか実験である」と言われ、弊社の座右の銘としてきました。
挑戦と実験の活動を繰り返し、青年の如く2022年度は更なる飛躍の幕開けに向け、悔いのない1ヶ月で終えたいと思います。
お陰様で大きな事故もケガもなく年末を迎えられそうですが、細心を配りながら油断なく無事故で務めてまいりたいと思います。