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温故 〜山口善久〜

温故の表紙

「温故」〜はじめに〜より

この稿は、日本ステンレス工業株式会社の「住まい新聞」に掲載された石井深先生の特別企画「ぐるり散策」を初めとして平成12年にスタートしました。二代目が北条明直先生の歴史探訪「岩殿を知ろう」です。この歴史探訪が丁度10回目をむかえた頃、北条先生より都合で暫く休みたいので、後をよろしくたのむとのご依頼を受けました。しかし私は歴史の専門家でもなく何を書いたらよいのか迷いましたが、結局自分の専門である社会福祉関係、とくに世界に類例をみない急激な少子、高齢化社会の到来について、どのように対応したらよいかという様な問題について何か皆様のご参考にでもなればと思い筆をとることにしました。

そうして10回分が終了する頃になって編集部より、なお、引き続き何か書いて欲しいという依頼をうけ、種々検討した結果、それでは少し無理な点が多いとは思うが、笹子から梁川までの大月市内小学校の発足当時のおこりを調べ始めたわけです。幸いなことに、私の手元に大正年代発行の北都留郡誌がありましたのでこれを基本的に参考にすることとし、それぞれ小学校の関係者に何か参考になるものはありませんか、という質問から始まって、あるときは直接に伺って居残っている資料を見せてもらいながら、不十分ではありましたが多くの関係者の協力を得て執筆に入ることが出来ました。また参考に旧制都留中学校、都留高等女学校、臨時教員養成所の歴史、明治時代の旧制中等教育のおこりも合わせて載せることにいたいました。

なお、附録的意味で私の県立都留高校創立93周年記念特別講演が、丁度学校生活の思い出等が多く出てくるのでこれも掲載したらどうかということになり、自分史的なもので恥ずかしいとは思いましたが結局載せていただくことにしました。また、私の役割が終わった後、引き続き誰にお願いしようかと編集者の方と相談の結果、現在大月市教育委員で大月古文書研究会会長をしている井上豊先生に後をお願いしたところ、快くお引き受けされ「大月市の古文書」というタイトルで現在執筆中であります。加えてこの度の出版にあたり、全体の文面をより読みやすくするため、加筆・訂正させていただくとともに読者より出来れば郡内・町村名・地区名のおこりも紹介してほしいという声がありましたので甲斐国誌・北都留郡誌を参考に、併せて発表することを申し添えておきます。なお、本書に「推薦のことば」をお寄せいただいた大月市教育長、加納健司先生、井上豊先生のお二人には心より感謝申し上げます。

また本書の発刊にあたり日本ステンレス工業株式会社社長石岡博実様、編集担当の大川雄康様には多大なるご援助お力添えをいただくとともに、企画、編集事務所イングの中村俊治様には、本書出版の全体のご指導、ご協力をいただきましたことに対し深謝申し上げる次第であります。

最後に北条明直先生には、平成16年3月3日享年81歳をもって永眠されました。先生は「幽冥界を異にすることになりました。私は死を新しい旅立ちと考えています。どうか静かに旅立たせてください」という遺書をのこされて、ご浄土にかえって住かれました。先生は私より学校が2年先輩で都留高校百年史の「百年の階(きざはし)」の編集長・副編集長として、また大月ロータリークラブの40周年記念行事としてネパールの小学校100校への民族楽器の贈呈の実行委員長・副委員長として二人とも東京から大月に帰って以来、約10年間お互いに大学教員という関係もあってとくに親しくご指導をいただきました。ここに衷心より先生のながい旅立ちのご冥福を皆様とともにお祈りいたしたいと思います。

山口善久


山口善久(やまぐち・よしひさ)プロフィール

  • 大正13年 大月市に生まれる。
  • 昭和24年早稲田大学法学部英法科卒業、第3次吉田内閣桶貝詮三国務大臣秘書全国社会福祉協議会に勤務 、その後聖心女子大、聖母大学等の講師・助教授を経て昭和51年武蔵野女子大学文学部教授となる。
  • 同大学定年後帝京医療福祉研究センター所長を経て現在武蔵野大学名誉教授。
  • その間山梨県長期計画審議会委員、関係機関団体の役員等を歴任、著書に「高齢化社会への対応」「教育 象の社会的背景」共著「現代社会福祉への探究」「現代社会の趨勢」など他多数。

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